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思秋期ライターの備忘録

気付けばフリーランス歴16年。インタビュー人数1000人オーバー。46歳の不健康女、原田園子が好きなことだけを勝手に書くBlog

資生堂のCM中止に感じた不寛容社会を形成する女性たちの暴走

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資生堂のCMが放映中止になりました。理由は、批判的な意見が寄せられたから。批判をした人は自分の信じる正義を主張し、そのために放映が中止になったことで承認欲求が満たされ、さぞ満足していることでしょう。

でも、あのCMはそんなに差別的だったのでしょうか?

不寛容社会と呼ばれる現代の闇と女性の特性について持論を書いてみます。

 

まさに重箱の隅をつつくような「不寛容社会」

先般の熊本の震災の時に「不謹慎狩り」が横行しました。中には狩られてしかるべきものもありましたが、女優さんが笑顔の写真をSNSにアップしたから不謹慎とか、自身が被災者である女性タレントさんが必死に困難に立ち向かう日々を送る姿をSNSにつづったら「他の被災者に失礼だ」とバッシングされたケースもありました。

こういったバッシングは、かなりストレートで辛辣な書き方をするケースが多く、強く人格否定し、心をえぐってしまいます。自覚があるか分かりませんが、再起不能を強く望んでいるんだろうとしか思えないものもあります。

今回のCMへの批判もそうです。25歳をテーマにしたコスメのCMで女友達に「今日からあんたは女の子じゃない」とか、男性上司に「(頑張っている様子が)顔に出ているうちは、プロじゃない」といった発言が批判につながったようですが、その一方で「いいCMだ」とか「どこがダメなのかわからない」といった声もあります。肯定派の中には、「言葉選びは甘かったかもしれないけど、女性を応援したい真意は伝わった」という人も含まれるでしょう。

おそらく、強烈な不快感を持ったのはごく一部。でもおそらく、その批判の言葉はハードなものだったと思います。そうでなければ放映中止にはなりません。

このような面倒な今を「不寛容社会」というようですが、まさに他の意見の寛容を許さない、心のゆとりがない現象を言い表していると思います。

 

共感者がいると安心できる女性の特性が批判力を高める?!

さて、この不寛容社会には女性の特性が大きくかかわっています。

その証拠に、震災時の不謹慎狩りのターゲットとなったのは圧倒的に女性が多かったと記憶しています。そしてCM放映中止になったのは今回の資生堂のほかに、ルミネが記憶に新しいでしょう。これも男性上司がおしゃれにあまり気を使わない女性にダメ出しをするものでした。

ちょっとでも不快だと感じると、その本質を見ようとせずに、一気にヒートアップする。

批判を書く人は「匿名」です。自分が何者なのかを明かさないでいい安心感から、より強い言葉を選ぶようになります。なぜなら、匿名である以上、直接的な反論を受けて傷つくことがないからです。

もちろん、一人でクレームを言ったところでどうにもなりません。でも、彼女たちは自分と同じように不満を感じる人が他にもいて、自分の信じる正義を振りかざせば同調してくれる人がいることを知っています。これはまさに女性が得意とするところ。共感をベースに広がりを形成する女性は、例え自分が少数派でも、共感してくれる人がいるのであれば安心して正義を主張できるのです。

それは学生時代、みんなで先生に不満を言いに行った姿を彷彿させるのは私だけではないはず。また、小学校のPTAなどで何人ものお母さんが集団で、ひとりの先生や保護者を糾弾している姿でもあります(それがイジメじゃないの?と何度も思ったものです)。

 

批判にはたくさんの快感が伴う

この批判はたくさんの満足感を与えてくれます。たとえ言葉尻しかとらえず全体を見ていない結果、腹を立てているのが現実でも、本人は自分の正義に従って主張するのですから、それだけでも快感が伴います。

さらに、自分に共感してくれる人がいることを知ればさらに満足度はアップし、今回のCM放映中止のようなわかりやすい結果を得たときには、最高潮の達成感を味わうことができ、自分の承認欲求があふれんばかりに満たされます。

「私のチカラで社会が動いた!」と思うのでしょう。そうなると、「何がダメなの?」「なんでそんなにヒステリックになってるの?」と言っている人がたくさんいようがお構いなしです。さらに、この満足感を一度味わうと、「もう一度」と思うばかりに次はさらに強い批判をするようになります。それが正義と信じて・・・。

 

この記事自体が女性蔑視と言われそうですし、男性の中にも同じような行動をしている人もたくさんいることを知っています。さらに言えば、「賛同者の有無は関係なく、私は自分の感じた不快感を単独で伝えただけ」という声もあるでしょう。

そうですね。あなたは正しい。

今は不寛容社会だしね。