思秋期ライターの備忘録

気付けばフリーランス歴18年。インタビュー人数1000人オーバー。48歳の不健康女、原田園子が好きなことだけを勝手に書くBlog

資生堂のCM中止に感じた不寛容社会を形成する女性たちの暴走

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資生堂のCMが放映中止になりました。理由は、批判的な意見が寄せられたから。批判をした人は自分の信じる正義を主張し、そのために放映が中止になったことで承認欲求が満たされ、さぞ満足していることでしょう。

でも、あのCMはそんなに差別的だったのでしょうか?

不寛容社会と呼ばれる現代の闇と女性の特性について持論を書いてみます。

 

まさに重箱の隅をつつくような「不寛容社会」

先般の熊本の震災の時に「不謹慎狩り」が横行しました。中には狩られてしかるべきものもありましたが、女優さんが笑顔の写真をSNSにアップしたから不謹慎とか、自身が被災者である女性タレントさんが必死に困難に立ち向かう日々を送る姿をSNSにつづったら「他の被災者に失礼だ」とバッシングされたケースもありました。

こういったバッシングは、かなりストレートで辛辣な書き方をするケースが多く、強く人格否定し、心をえぐってしまいます。自覚があるか分かりませんが、再起不能を強く望んでいるんだろうとしか思えないものもあります。

今回のCMへの批判もそうです。25歳をテーマにしたコスメのCMで女友達に「今日からあんたは女の子じゃない」とか、男性上司に「(頑張っている様子が)顔に出ているうちは、プロじゃない」といった発言が批判につながったようですが、その一方で「いいCMだ」とか「どこがダメなのかわからない」といった声もあります。肯定派の中には、「言葉選びは甘かったかもしれないけど、女性を応援したい真意は伝わった」という人も含まれるでしょう。

おそらく、強烈な不快感を持ったのはごく一部。でもおそらく、その批判の言葉はハードなものだったと思います。そうでなければ放映中止にはなりません。

このような面倒な今を「不寛容社会」というようですが、まさに他の意見の寛容を許さない、心のゆとりがない現象を言い表していると思います。

 

共感者がいると安心できる女性の特性が批判力を高める?!

さて、この不寛容社会には女性の特性が大きくかかわっています。

その証拠に、震災時の不謹慎狩りのターゲットとなったのは圧倒的に女性が多かったと記憶しています。そしてCM放映中止になったのは今回の資生堂のほかに、ルミネが記憶に新しいでしょう。これも男性上司がおしゃれにあまり気を使わない女性にダメ出しをするものでした。

ちょっとでも不快だと感じると、その本質を見ようとせずに、一気にヒートアップする。

批判を書く人は「匿名」です。自分が何者なのかを明かさないでいい安心感から、より強い言葉を選ぶようになります。なぜなら、匿名である以上、直接的な反論を受けて傷つくことがないからです。

もちろん、一人でクレームを言ったところでどうにもなりません。でも、彼女たちは自分と同じように不満を感じる人が他にもいて、自分の信じる正義を振りかざせば同調してくれる人がいることを知っています。これはまさに女性が得意とするところ。共感をベースに広がりを形成する女性は、例え自分が少数派でも、共感してくれる人がいるのであれば安心して正義を主張できるのです。

それは学生時代、みんなで先生に不満を言いに行った姿を彷彿させるのは私だけではないはず。また、小学校のPTAなどで何人ものお母さんが集団で、ひとりの先生や保護者を糾弾している姿でもあります(それがイジメじゃないの?と何度も思ったものです)。

 

批判にはたくさんの快感が伴う

この批判はたくさんの満足感を与えてくれます。たとえ言葉尻しかとらえず全体を見ていない結果、腹を立てているのが現実でも、本人は自分の正義に従って主張するのですから、それだけでも快感が伴います。

さらに、自分に共感してくれる人がいることを知ればさらに満足度はアップし、今回のCM放映中止のようなわかりやすい結果を得たときには、最高潮の達成感を味わうことができ、自分の承認欲求があふれんばかりに満たされます。

「私のチカラで社会が動いた!」と思うのでしょう。そうなると、「何がダメなの?」「なんでそんなにヒステリックになってるの?」と言っている人がたくさんいようがお構いなしです。さらに、この満足感を一度味わうと、「もう一度」と思うばかりに次はさらに強い批判をするようになります。それが正義と信じて・・・。

 

この記事自体が女性蔑視と言われそうですし、男性の中にも同じような行動をしている人もたくさんいることを知っています。さらに言えば、「賛同者の有無は関係なく、私は自分の感じた不快感を単独で伝えただけ」という声もあるでしょう。

そうですね。あなたは正しい。

今は不寛容社会だしね。

プロカメラマンが、趣味カメラマンほど高価な道具を購入しない理由

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私はライターだが、時には撮影もやる。そのための一眼レフも持っているし、結構お高めのレンズも購入したが、それは趣味兼用のカメラだったから。周りを見渡せば、そこまで高いレンズを購入していないプロカメラマンも多数。そこにはまっとうな理由がある。

 

撮影もセットで依頼される取材のため一眼レフを購入

取材の経費はピンキリで、当然安すぎる案件は断るが、例えば「写真もお願いできるならプラス1万円払える」となる案件には食いついていた時代がある。こういった場合、写真にプロカメラマンと同程度のレベルは求めない(カット程度のもの)ことが多いので、逆に安価にカメラマンを連れて行って気を遣うより気楽だ。

中には、「WEBなんで、スマホでとってきてくれればいいですよ」というケースもあるが、さすがにそれは“ライター”としてのプロ意識が許さないので、ちゃんと一眼レフで撮影してくる(プロのライターとして、コンパクトカメラとかスマホで撮影したような適当な写真を付けると文章の価値も下がる気がする)。

私はそのために10年ほど前に一眼レフを購入した。

 

高級なレンズに変更したのは息子を撮影するため

その一眼レフは、本体に通常レンズと望遠レンズがついて20万円強のものだったが、わざわざ上等なレンズに変更した。特に望遠レンズのほうは気合を入れ、総額40万を超えたと記憶している。

なぜ、高価なレンズに変えたのか?

答えは簡単。当時、サッカーに明け暮れていた息子たちのキラキラした感じを写真に収めたかったからだ。そのために、プラス20万以上のお金をかけることに、何の躊躇もなかった。

その後、カメラマンとその話をし、「ずいぶん思い切った買い物をしましたね」という話になって当時の私は驚いた。そのカメラマンの持つレンズは、私のレンズより安価なものだったからだ。

このカメラマンが貧乏で安いレンズしか購入できなかったというわけではないし、すべてのカメラマンが高価なレンズを購入しないわけではない。実際、私の知るカメラマンは、「低・中・高」の3つのプライスゾーンがあれば、「中」を購入している。

一方、カメラを趣味にしている人はといえば、「高」の購入をステイタスにしている人が少なくない(特にカメラ自体を自慢する人には多い)。

 

プロにとってカメラ機器購入は「投資」

この違いは、一見不思議な感じがするが、その理由を考えると納得できる。

カメラマンは写真を撮影することを生業にしている。カメラはそのための「道具」であり、その購入は「投資」であり、費用対効果が重要視される。とりあえず高価な道具を選択しようと思うようでは、当然収入より支出が高くなり、破産してしまうだろう。

私の周りで、賞をとったカメラマンが何人かいるが、みんなが最高級の道具を使っているわけではないし、今は最高級機器を使っている人でもギャラのアップに合わせて道具にもお金をかけるようになっただけで、最初から道具ありきでのし上がってきた人はいない。中には、まともなカメラがない状態でスタートした人もいるほどだ。

一方、趣味のカメラに費用対効果は関係ない。そこから収入を生み出すことはないのだから、自分が満足するかどうか、納得するかどうかが購入のポイントとなる。「俺は高い道具を使いたいんだ!」という人は、最高級品を買えばいい。それはまったく間違っていない。

 

プロにとって重要なのは道具より「技術」

ただ、時として、高級機器でないといい写真が撮れないと思っている趣味カメラマンは、プロカメラマンの道具を見て、「プロっていっても、こいつはたいしたことないな」と決めつけることがある。

カメラは道具であり、その良否は「写真」で判断すればいいのだが、技術のなさを道具でカバーしようとする人は結局写真を見る能力もないために、わかった風なことを口走ってしまう。残念だ。

カメラマンは安い道具でもプロの写真を撮るし、そのための技術を日々磨いている。しかも、どんなシチュエーションの撮影でも、被写体が何でも高いクォリティを保つために数多くの道具をそろえている。これこそ、「仕事」ではないだろうか。

最後に、この記事を書く気になった理由を書いておく。

外付けのストロボを購入する必要がでたために、プロとアマに話をした。プロには、「とりあえずというなら1万円くらいのものでも使えなくはないが、使い勝手を考えると2~3万円のものを買えばいいんじゃない?」と言われた。

一方アマには「“仕事”で使うんなら、○○っていう5万のか、もうワンランク上の○○がいいけど、安く買っても7万はするよ」と言われた。

せっかくアドバイスをもらっておいて申し訳ないが、高いストロボのポテンシャルを発揮させる技術は私にはない。そしてあなたは、カメラの仕事の何を知っているのかをまず教えてほしい。

後がなくなった私の最後のダイエット宣言(のつもり)

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私に会ったことがある方はご存知の通り、私は超のつくおデブです。体重に関しては、そんじょそこらの男性にも負けておりません!

でも諸処の事情があり、本当にやせないとやばいことになりそうです。

何を公開してるんだよ!と言われそうですが、ほんとの自分なので包み隠さず書いていきます。

ちなみに、女性特有の病気の話ですので、苦手な方は読まないように!!

高校生時代から、ずっと抱えてきた不調

私は高校生の頃からホルモンバランスが悪く、いわゆる生理不順にずっと悩まされています。

しかも、「生理が来ない」とかいうタイプのものではなく、どんだけ生理が続くの&どんだけ出血するの!という状態になります。血の池地獄を何度も目の当たりにするレベルです。

今考えると、望んだタイミングでポポンッと子供を産めたのは奇跡で、たまたまホルモンバランスがよかった24歳の時に「子供作るべ!」と思ったのがよかったようです。本能に従って正解でした。

そんな弱っちい子宮で2年連続ビッグサイズの子供を産んだのも原因かもしれませんが、次男を産んだ26歳以降、20年間ずっと子宮の病気に悩まされてます。

病名は「腺筋症」。これに「子宮筋腫」も併発というとんでもないことになっていて、今は2歳児の頭くらいに子宮がビッグサイズになっています。

手術に踏み切れなかった5年前の乙女な夏

そんな私なので、これまでいろいろな産婦人科に通い、何度か「子宮をとりますか?」と言われています。

前回は41歳の夏。

でもその3月に東北の震災があり、たくさんの命が亡くなっていて、もう妊娠は望んでないし、授かれる子宮でもないのに、手術に踏み切れませんでした。ここは何とも複雑な女&母心で、月の半分は身動きができないほどの状態で、1度の手術で、それがすっぱりなくなるというのに、何が何でも子宮を守らなければ!という思いにかられました。

実はこれ、子宮と対になってる卵巣とホルモンの関係から、女性によくある症状らしく、中には子宮をとった後に、虚無感から生きる気力すらなくなる人がいるそうです。私の場合、心臓に毛が生えているので、そこまでにはならなそうでしたが・・・笑

手術の覚悟はできたのに、すんなりいかない現実

時が過ぎ、46歳になり、極度の貧血症状が出てきたので、再び産婦人科通いが本格化。そしてドクターから、

「原田さん。もう貧血治すにはとるしかないよ。これはひどい

と最後通告を受けてしまったのです。

でも不思議なもので、5年の月日が私の考えをすっかり変え、「痛くないならとってもいいかな」と意図も簡単に受け止められたのです。年齢も関係あるのかも。

ところが、すんなり手術を覚悟できた私には、2つの大きな問題が立ちはだかり、すぐ手術はできない状況になっていました。

それが、極度の貧血と肥満。

まぁ、わかってたけど・・・。

貧血の方は、注射や薬を使えば数か月で改善するようで、そこはある意味問題なし。ところが、もうひとつは・・・

傷口がパックリ開く恐怖!!

手術は開腹手術となります。お腹を開かない方法もあるのですが、私の場合、子宮が大きくなりすぎて、開腹しかないそうです。

で、腹切りと肥満は大きな関わりがあり、特に気になるのは次の3つ。

1.麻酔が微妙になる

2.脂肪ですべって手術がやりにくい

3.後日、傷口がぱっくりの危険性あり

って、痛みも嫌だけど、傷口パックリって何よ!

ということで調べてみたら、脂肪は血流が悪い部分なので傷がふさがりにくいということらしい。そのため急がない手術の場合は、やせて脂肪を落としてから手術なんですと! お腹なんて、一番脂肪が多い場所。とほほ・・・

なんでも私の場合、10キロ以上のダイエットが必要らしい。

でも、手術で麻酔が効かないとか、傷口パックリで腸が見えるとか、そんなおっそろしいことが現実にあると思えると、さすがにダイエットできそうな気もします。

今思えば、5年前であれば体重もクリアしていたし、子宮も今ほどでかくなかったし、若かったから、すんなり手術できたなと考えたりもするけど、自分で選んだことなので後悔はしてません。

やっぱりダイエット、するしかないよね。それしかない。ってか、そんなのずっとわかってたしねw

問題はどうやるか。

体重を支えきれずにヒザが猛烈に痛いとか、更年期でちょっと無理するとありえない汗をかくとか、いろいろ大変な感じだけど、とりあえず食事に気を付けて動かなければ!

目指せマイナス12キロ。

いや、この際、もっとやせてやるかっ!!

 

日本文化を発信したい!でも無収入なことに時間をさけない貧乏人の叫び

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先日、お箸の老舗に取材に行きました。

日本人なら誰でも使える(正しいかは別として・笑)お箸は当たり前ぎてあまり意識しないものの一つですが、日本の食文化と、日常に芸術を求める日本人の気高さを象徴する文化のひとつ。当然のようにそこにある伝統に触れながら、このすばらしさを日本人と海外の人に知らしめたいと心が動きました。

箸文化は数あれど、日本のお箸は一味違う!

お箸を使う文化は、日本以外にもアジアにいくつかあります。でも、日本以外の国は、食事をする道具のひとつとしてお箸があるだけ。その一方で、日本のお箸は食事をする唯一の道具として日本の食文化を支えてきました。

今は伝統的な和食でも、茶わん蒸しを食べるために木製のスプーンがでてくるのが当然のようになっていますが、そうなったのは洋食が日本に入ってきて以降のこと。それまでは、何でもお箸だけで食べていたそうです。

さらに、日常的に使うお箸にさまざまなサイズを作ったり、絵をかいたり、つやを出したりと、使いやすさと芸術性を両立させる観点は日本人らしい粋。

それでいて、箸を正しく持つのはかなり難しく、決して簡単なことではないのに、小さいころから親が教え、社会人になってからの評価の一端にもなるのは、日本人の几帳面さともリンクします。

そんなお箸に隠された深い日本文化に触れながら、この素晴らしさを正しく発信する術をもたことへの歯がゆさも痛感したわけです。

お箸屋の社長とも「この文化を世界に発信したい。その前に、日本人にも知ってもらいたい」と盛り上がり、それ以来、何とかする方法はないものかと考えています。

最大の問題は、時間とコストをどう捻出するか?

もちろん、発信するというだけであれば、ブログを戦略的に活用していくのが手っ取り早いのはわかっています。英語での表記をきっちりと行っていけば、海外の人も見ることができるでしょう。コンテンツをしっかり作りこめば、アクセスも稼げるはずです。

ただし、自己満足に終わらせないためには、それなりの時間とコストをかけたサイトを作らなければなりません。しっかり取材をし、いい写真を撮って、ビジュアルにもこだわったサイトを作ることも重要でしょう。

でも・・・

そこにエネルギーを注げばライター業に注力する時間が減り、収入が減少するのは必然。さらに、取材に行くにはお金がかかります。収入につながらないことに時間とコストをかけることができるのは、十分な収入がある人にのみ許された贅沢。私のようにしがないライターが長くこの活動を続けるためには、何らかの収入を得て、せめて経費だけはそこから捻出できる体制を作らなければなりません。

お金がない分、知恵を絞るしかない

では、どうするか?

そこが問題になります。

日本文化を世界に発信したい!といえば、「すばらしい!」と賛同してくれる人はたくさんいるでしょう。「うちの商品もぜひ紹介して!」「どこそこに、すばらしいものがあるよ」と教えてくれる人もいるでしょう。

でも、多くの人はお金を出してまで紹介してもらおうとは思わないはず。しかも紹介料ありきで進めると、本当にいいものを紹介するという本質からずれかねません。ここはブレてはいけないところ。

いずれ、紹介した商品を通販できるようにしてマージンを得る、なんて方法もあるかもしれませんが、単価が低いものもしっかり紹介したいと思えば、それもあまり現実的な話ではない気がします。

難しいものですね。

思秋期になり、日本の良さを伝えるのも使命だと感じる今日この頃。しばらく頭を痛めながら、ない知恵をカスッカスになるまで絞ってみたいと思います。

「金がないなら頭を使え!」

そんな人生の師の言葉が頭をぐるぐる回っています。

 

 

過去実績を掲載するときのマナーを考える

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フリーランスで仕事をしていると、「過去実績を教えてください」と言われることが多くあります。

以前は、クライアントさんに合わせて仕事につながりそうなものを見繕っていたのですが、だんだん面倒になり、ポートフォリオサイトを案内するようになりました。

ところが最近、このサイト作りが難しくなっていると感じています。

 自由に実績を書きまくれた過去

その理由は、WEBの仕事が増えたこと。

「なんのこっちゃ?」

と思う方も多いと思うのですが、これが意外に重大なんです。

以前(って、10年以上前)は、仕事の多くが広告や雑誌関係だったので、自由に過去実績を書きまくっていました。それが正しかったのかどうかはわかりませんが、「クライアントに掲載の許可をもらう」という作業をしている人は少数派。多くの人は、直受けだろうと、編プロ経由の依頼だろうと、自由に「ここの仕事やりました!」と書いていました。

その裏側には、「仕事やりました!」と書いても、そのクライアントに知られることはまずなかったために、トラブルになることはなかったからです。

 制作会社が入っていると許可をもらうのが面倒に!

ところが最近は、WEBの仕事が増えてきました。

大きな会社であれば、WEBの効果測定をしっかり行う部署があり、思わぬところからのリンクは、リンク元を探ることも。そのため、ポートフォリオサイトに掲載するときに、事前に許可を得るのは必須になっています。

しかも、このリンク許可を得るのはなかなか難しい。

直受けの仕事であれば、そのままお願いすればいいのですが、間に制作会社などが入っているときは、そこを介して許可を得ることになります。クライアントと制作会社がツーカーの場合は、すぐに許可をもらえることもあるのですが、あまりチカラのない下請けだったりすると、「それは、ちょっと・・・ん・・・どうかなぁ・・・」とのらりくらり。

なので私は最近、掲載するのもあきらめてます(笑)

 許可のもらい方を間違うと思わぬクレームに

もっと困ったこともあります。

許可は確かにもらったのに、クレームをつけられることもあるんです!

これは実際にあったケース。確かに許可はもらったのですが、担当者が「いいっすよ~。問題ないっす」と軽く言っただけ。後になって、「勝手にリンク貼るとは許せない!」と広報部担当者が言いだし、大事になったことがあります。

確かにね、書面でOKをもらったわけではない私も悪いのですが、わざわざ書面まで作らんでしょ。っていうか、ライターの仕事って、それなりに大型の案件でも契約書交わさずにスタートすること多いので、契約書うんぬんの感覚があまりないのも事実。

ちなみに、この案件では、もう仕事をもらえなくなりました。やれやれですよ。

手間をかける価値はある!過去実績の充実

とはいえ、これからライターとして頑張っていこうという人は、過去実績を明らかにするのはとっても重要なこと。

マナーとしては、必ず先方に許可をもらっておいてください。

ここで忘れてはいけないのは、そこには著作権があるということ。例え自分が書いた文章やイラストであっても、著作権は先方にあることもあるので、それを自由に掲載することはできません。コピーやイラストをそのまま載せるのはご法度。

WEBなら、過去実績に掲載するというだけでなく、そのWEBページにリンクを張る許可をもらうことも忘れないでくださいね。

ちょっと面倒なのは現実ですが、その面倒さが仕事の増加とギャラのアップに直結します。がんばってください!!

気づけば1000人インタビューやってた。よくがんばったなぁ、私・・・

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先週から、取材が続いている原田です。

「こんなに連続してインタビューやって、いったいいつ記事を書くんだ!」という根本的な問題からは積極的に目をそらしてます(笑

とはいえ、気持ちは焦っているらしく、インタビューのことが頭から離れない。ということで、おもむろに今までのインタビュー人数を計算する時間の浪費にチャレンジ!

そうしたらビックリ!1000人超えてることに気づいちゃった。

きっかけは、適当なことを言った尻拭い( ゚Д゚)

数えたくなった理由は、今日の取材。

ディレクターが不在で不安がるクライアント担当者に説明するのに、

「今まで1000人にインタビューしてるんで大丈夫ですよ~」

と言ってみた。確信はなかったけど、なんとなく「それくらいやってるかも?」って気はしてたんだよね。とは言え、確信がないのに言ってしまった罪悪感のようなものもあり、記憶を掘り起こすことにしました。

10年前にすでに500人強だった!

私は昔のスケジュール帳的なものをストックしていないので、いつ、誰に取材をしたのかはわかりません。スケジュール帳つけてない時期もあったし(笑

で、まず、スタートの数字として「昔、実際に数えた数字」を思い出してみた。なんとなくカウントした記憶があったし。

私は過去に、ビジネス月刊誌の編集長をしていまして、毎月5件くらいの取材に行っていました。インタビュイーは取材先1件あたり1~2人。これを2年ちょっとやってます(編集長は2年やってないけどね・笑)。

さらにその前、駆け出しライターの頃は、1件2500円くらいでひたすら飲食店を回って店長や料理長に話を聞いて回っていた時代があります。あれ、マジきつかった・・・。

移動もあるので、1日4件行くとフラフラ。帰宅して原稿書いてる間に寝落ち…が定番でした。その頃は、ボイスレコーダーなんて便利なものはなくテープに録音してたんだけど、前日の取材音声の上に重ねて録音してしまい、何度冷や汗をかいたことか。

で、編集長をやめてフリーに戻るとき、実績を明確にするためにカウントしてます。

その数、500人強。

そこで、「インタビュー実績500人のライター」として売り込んで仕事とってたんだった。なんで忘れてたんだろう(怖

ちなみにこれ、10年前の話です。

もしかして1000人じゃ収まらない??

その後、フリーランスになって企業の会報誌やら雑誌やらの仕事をするのですが、ある編プロが「インタビューができるライター」として積極に使ってくれ、グループインタビューを中心にやってた時代があります。

これがなかなかコツがつかめずに苦戦。大抵は4~6人くらいなんだけど、中にはよくわかってないクライアントが20人とか連れてきちゃって、どうにもならないものもあったなぁ…。でもその後、インタビュー技術がどんなに高くても、人数多いとごく一部の人しか発言せず、生きた声は聞き出せないという結論にたどり着きました。生の声をしっかり集めたいなら、参加者一桁でやらないとダメです。

それはさておき、毎月3本以上のグループインタビューを1年半やっているので、少なめに見積もって毎回インタビュイーが5人と考えても、

5人×3本×18か月=270人

他にも毎月3人にインタビューする会報誌や、人数不確定ながら、やたらとインタビューをさせられまくった飲食店系の雑誌など、ざっと数えただけでも10年で300人は軽く超えてます。これをあわせると楽に1000人超えてた。

もしかすると、グループインタビューをちゃんとカウントすると1500人も超えてるのかもしれないけど、そこは少なめでいいや(笑

ちなみに今は、動画のインタビュアー(声のみ出演か声もなし)もこなしてます。

これをウリにしていきます

自分のウリを作らねばとか言いながら、こんなにわかりやすい数字があったことに気づいてなかった。今となっては売り込みをしていないので、ウリをひねり出す必要性にも駆られてなかったにせよ、間抜けすぎるなぁ。

まぁこれからは、しっかり伝えていくことにします。このブログの説明にもつかお~っと(笑

 

子供が不祥事!?そのとき発揮される『親力』がその後の人生を左右する

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二世俳優が強姦容疑で逮捕されました。

容疑を認めているようで、オリンピック明けの話題のないマスコミを賑わすことは間違いないでしょう。

子が不祥事を犯したとき、親が謝罪したり賠償を肩代わりするわけですが、この時に親がどんな対応をするかで、反社会的な行動を起こしてしまった子供はもちろん、親の人生までも左右することになります。

つまり、『親力』が試される時なのです。

とんでも親子であることを証明してしまった三田佳子

これまでも、芸能界には二世タレントの不祥事は数多くありました。

例えば、女優の三田佳子と元NHKプロデューサーの間に生まれた高橋祐也。初めて覚せい剤で逮捕されたのは、未成年だった18歳の時でした。母である三田佳子は記者会見を開き「母が女優ということで未成年である息子の事件が報道されて可哀想」と発言。

他にも小遣いが月に50万円というぶっ飛びぶりを披露し、バッシングの嵐となります。

当時7社あったCMを降板し、10か月、女優業を自粛します。

ところがその後、高橋祐也は再び覚せい剤に手を染め逮捕。三田佳子は今度は1年の活動自粛となりました。

その後、高橋祐也には何度かの活動の場が与えられたようですが、今は芸能界から身を引いているようです。

一大イベントに水を差された父が真摯にふるまった中村勘九郎

前の中村勘九郎の息子 七之助は、泥酔してタクシーに乗りり代金を払わず、運転手が警察に駆け込み、事情を聴こうとした警察官に暴行を加え現行犯逮捕されました。このとき、中村勘九郎が「中村勘三郎」襲名を控えており、その祝賀パーティの帰りだったことで世間でも大きく取り上げられました。

この事件では、逮捕が発覚したその日のうちに中村勘九郎が記者会見を開き、わかりうる限りの説明をした上で、「甘やかして育てたつもりはなかったが、あんなバカとは思わなかった」と涙しています。

大名跡の襲名に水を差されたことで、一番怒っているはずの勘九郎が真摯な対応をしたことで、世間は寛大な心になれたのです。

その後、七之助は3か月の謹慎処分を受けていますが、今では歌舞伎界を代表する若手のひとりとなっています。

自分らしさを通して世間との間に溝を作ったみのもんた

覚せい剤公務執行妨害では犯罪のレベルが違うでしょ!と言われそうなので、もうひとつ、最近の例も。

みのもんたの息子、御法川雄斗はTBSの新人プロデューサーであった当時、窃盗容疑で逮捕されました。結局は相手との示談が成立し、起訴猶予になったかと思いますが、この時のみのもんたの発言が世間を騒がせました。

例えばラジオでは「30過ぎた人間に対して、身内だからということで責任とをとるのか。(外国の知り合いは)日本はおかしいと言ってる」とか、

「なんでこんなに騒がれるのかな?みのもんたの息子じゃなかったら、バカ野郎で済んでいたという人もいます」と本音を言ってしまったり。

息子が逮捕されてもなお、自分らしさをそのまま押し通したことが大やけどにつながりました。この結果、息子は業界から身を引いただけでなく、みのもんたは報道系の番組を降板することになりました。(セクハラ問題もありましたが、それが大きく取り上げられたのもこの事件絡みのトンデモ発言と関係がなかったとは言えません)

子に渡世術を見せる絶好の機会にもなる

もちろん事件の内容はそれぞれ違うため簡単に比較できるものではありませんが、事件が発覚して世間が注目する中、最初にそれを報告するのは逮捕されている子ではなく親であり、その対応が子への印象やその後の親子の活動への影響を与えることに違いはありません。

「あの親なら、更生もできそう」と思わせるのか、「あの人の子なら、犯罪犯して当然でしょ」と非難をさらに大きくしてしまうのかは、親の立ち回り方によるのです。

事件当時、三田佳子は関係各社に頭を下げて回り、違約金を払いながら活動を自粛しています。おそらく記者会見では、子供を守りたい思いと「なんでも正直に伝えよう」という考えが裏目に出てしまい、とんでもない状況を作り出してしまったのだと思います。

みのもんたは、自分が世間に受け入れられているというおごりから、思っていることを素直に言い過ぎたのでしょう。「30過ぎてるんだから」という発想は誰もが持つもの。だからと言って、それを口に出していいわけではないのです。

まずは親が世間に受け入れてもらうことが重要なのです。

 

「親力」の中には、子供を育てるだけではなく、子供が世間をうまく歩いていくために渡世術を教えなければなりません。そのために、家の中での教育はもちろん、世間とのかかわりをしっかりと見せていくことも重要。本音の建て前を重要視する日本では、「正直に胸の内をさらすこと」よりも、「本心ではないことをまるで本心のようにいうからこそ伝わること」があるのです。好む、好まざるにかかわらず・・・。