思秋期ライターの備忘録

気付けばフリーランス歴16年。インタビュー人数1000人オーバー。46歳の不健康女、原田園子が好きなことだけを勝手に書くBlog

看板をしょって仕事をする大企業サラリーマンから、看板を取ったら何も残らない

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私の周りのサラリーマンに、転職活動をしている人が数人います。背景はいろいろあるようですが、みんなに共通しているのは、現実の難しさ。みな、四苦八苦しているようです。

一方私は、大変ありがたいことに、「広報担当者として会社に来ませんか?」と声をかけてくださることがあります。提示される金額は、サラリーマンとしては勝ち組となるもの。この違いはなんなのかを考えてみたいと思います。

 

それは決して、実力の差ではない

「個人の能力の違いだよ」

そんなありがた~い言葉を放ってくださる方もいるのですが、冷静&客観的に考えて、私にそんな魅力はありません。

自分でいうのもなんですが、口が立つのと無謀なチャレンジを繰り返せる精神的なタフさはありますが、記憶力が恐ろしいほどないために、他の人より劣るところが多くあります。

しかも私は、「バリキャリ」の対極にいるような風貌。47歳のババァな上に激しくデブ。間違いなく割烹着が似合うキャラです。

 

それでも声をかけてもらえるのは、看板の重要性を知りながら、17年もの間、看板なしでやってきた部分が評価されているのではないかと思っています。

 

実力だけでやってきたフリーランスは魅力的

私に声をかけてくださる企業には共通点があります。

それは創業からの年数が浅く、まだ無名の企業であること。でも、飛躍するために全力を注いでいることです。

ある求職者は、「無名の企業に一流企業以上の年収を提示されても危うさしか感じない」と言い放ったのですが、そこは大きな勘違い。「これから成長するために必要な人材」と評価されれば、先行投資と考え、給料を出そうと考える企業も少なくありません。それを「危うい」と一刀両断してしまう発想が大企業病です。

私が過去に勤めていた企業でも、管理職として外部から招集された人材には、プロパーとして同じ役職についている人より高い給料が支払われていました。

 無名企業は、これから飛躍する可能性はあっても、今は無名。つまり社名を言っただけで、「ははー」と皆がひれ伏す確固たる看板はなく、「看板を作るために勤めてくれる人」を求めています。

そこで重要になるのが、「看板がなくても立ち回ってこれた実績」。フリーランスに会社の看板はありません。実力(ここには口のうまさも含まれます・笑)だけで生きてきたことになります。これが無名企業がフリーランスを雇い入れたい理由なのではないでしょうか。

もちろん、それなりの実績やスキルは不可欠ですが。

 

大企業の論理は、企業に混乱をもたらす

ある転職サラリーマンにこの話をしたとき、「俺も広報できると思うよ」と軽く言ってきました。50歳を超えた彼は、社内でいろいろな業務を担当し、おそらく広報もできるでしょう。

でも、企業が求めるのは、確かな「知識」と「達成力」です。広報経験者が求められるのは、必要な知識を有し、多少の達成経験もあると思われるからです。「感覚的にできそう」と「実際にできる」の間には距離があります。未経験者がこれを埋めるには、時間や労力、失敗を繰り返すことが必要になりますが、企業にはそれを抱える余裕はありません。

しかも、これからの企業は看板がありませんので、看板をちらつかせれば何とかなる大企業の感覚を持ち込まれても社内は混乱するだけです。

そこで注目されるのが脱サラフリーランサーの私のような存在。看板なしでも働けて、看板ができた後もしっかりと立ち回ってくれそうな“感じ”の人。しかも、年齢がそこそこ高くなってきたこともいいのかもしれません。

年下の上司が外部からポンッとやってきたのを「実力主義だから」と割り切って受け入れられない人も多いもの。そんな時、年上というのは「しょうがない」という武器を持たせてくれます。

 

自由を捨てる勇気がないダメな私・・・

とはいえ、私にそんなありがたいお声がかかるのは、あと数年でしょう。50歳を過ぎれば、急に閑古鳥。それはわかってます。

でも、私はきっとどこの企業にも「入社」はしないと思います。毎朝同じ会社に行く生活は、私には高すぎるハードル。しかも、あれこれつまみ食いをするように、いろんな分野に関わるのが楽しいのに、それが1企業に縛られるなんて、恐怖すら感じます。

目が飛び出るほどの金額の提示を受けながら、それを断ってしまうアホさも自分らしい。そう割り切って、フリーランス生活をがんまります( ;∀;)